情報工作(ナラティブ・アタック)の標的になる日本人:認知戦の手口と自衛法
2026年初頭、中東の軍事情勢が緊迫化するなかで、日本を標的にしたデジタル影響工作(SNSやネットメディアを使い、人々の意見・感情・行動を意図的に操作しようとする工作活動)が確認されたと、国内のシンクタンク・INODSが報告しています。これは遠い国の話ではありません。あなたが毎日見ているニュースやSNSのタイムラインが、すでに工作の舞台になっている可能性があるのです。2024年の米国大統領選でも同種の工作が確認されており、日本語圏もその対象から外れていません。
何が起きたのか?
2026年2月28日、米国・イスラエルによる軍事作戦「オペレーション・エピック・フューリー」が開始されました。これを受け、3月2日にはイランがホルムズ海峡の事実上の閉鎖を宣言。日本は原油輸入の約9割を中東に依存しており、エネルギー価格の高騰が国内で現実の問題となりました。
この混乱に乗じて展開されたのが、日本語圏を標的にした情報工作です。セキュリティ研究者の齋藤孝道氏(INODS)の分析によれば、主な手口は次のようなものでした。まず、実在する日本の報道機関のロゴやデザインを模倣したなりすましサイトが複数作られ、「日本政府が石油の緊急備蓄放出を拒否した」「自衛隊がホルムズ海峡に派遣される」といった偽情報が掲載されました。これらの記事はXやFacebookで拡散され、本物のニュースと区別がつきにくい形で広まりました。
この手法は、2024年の米国大統領選でも確認された「オペレーション・オーバーロード」と酷似しています。セキュリティ企業Recorded Futureの調査部門「Insikt Group」が発表したレポートによると、ロシアと連携したこのキャンペーンは、ABCニュースやBBCなどの大手メディアになりすましたサイトを大量に作成し、AI生成音声(人工知能を使って本物の人間の声に似せて作られた偽の音声)を使ったフェイクの「速報ラジオ」まで流布しました。
こうした活動は「ナラティブ攻撃(Narrative Attack)」とも呼ばれます。セキュリティ企業ThreatNG Securityの定義によれば、ナラティブ攻撃とは「真実・虚偽・誤解を招く情報を組み合わせ、人々の認知を操作して、個人・組織・政府に実害を与えることを目的とした、戦略的・組織的なキャンペーン」です。パソコンをハッキングするのではなく、人間の脳を直接ターゲットにする点が、従来のサイバー攻撃との大きな違いです。
2025年10月に中央公論から刊行された『認知戦──悪意のSNS戦略』(イタイ・ヨナト著/奥山真司訳)でも、中国やロシアが展開するこうした工作が「知識やリテラシーの壁を越えて、我々の脳を狙って攻撃を仕掛けてくる」と警告されています。
あなたへの影響は?
「自分は騙されない」と思っていませんか?ナラティブ攻撃の怖さは、情報リテラシーが高い人でも引っかかりやすい点にあります。なぜなら、完全なデマではなく「8割本当のことに2割の嘘を混ぜる」手法が多用されているからです。
具体的な被害の流れを想像してみてください。あなたのスマートフォンに、「NHKニュース速報」とほぼ同じデザインのサイトへのリンクがXのタイムラインに流れてきます。そこには「ガソリン価格が来週から200円超えへ、政府が発表」という記事があります。記事の下には「シェアして家族に教えよう」という誘導文があり、あなたはLINEで家族に転送します。こうして偽情報が実名・実関係のネットワークを伝って広まっていく。これが現代のナラティブ攻撃の典型パターンです。
日本国内でも類似の事例は起きています。2024年の能登半島地震の際には、「自衛隊が被災地への支援を断った」「外国人が略奪している」などの偽情報がSNSで拡散し、警察が注意喚起を行いました。また、IPA(情報処理推進機構)も、SNSを通じた偽情報の拡散が社会的混乱を引き起こすリスクとして継続的に警告を発しています。
さらに、ナラティブ攻撃はヘイトスピーチと結びつく危険性もあります。国連広報センターの解説によれば、特定の集団への憎悪を煽る情報が戦略的に拡散されることで、社会の分断が深まり、暴力につながるリスクも生まれます。
今すぐできる対策
- URLを必ず確認する習慣をつける
「NHKニュース」のように見えても、アドレスバーに表示されているURLが「nhk.or.jp」でなければ別サイトです。スマートフォンでも、リンクを長押しすれば実際のURLを確認できます。ドメイン(.comや.jpの前の部分)が見慣れないものは、開く前に検索エンジンで調べましょう。 - 「転送する前に30秒立ち止まる」ルールを作る
驚くような情報・怒りを感じる情報・急かされる情報は、ナラティブ攻撃が感情に訴えるために使うサインです。LINEやXでシェアする前に、同じ内容を別の公式メディア(NHK、共同通信など)が報じているか確認してください。 - ファクトチェックサイトを活用する
日本では「InFact(インファクト)」「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)」が、怪しい情報の検証記事を無料で公開しています。Googleの画像逆検索(画像を長押し→「Googleで画像を検索」)も、加工された写真の出所を調べるのに有効です。 - 情報源の「一次ソース」を探す
「政府が発表した」「研究者が警告」などの表現があれば、どの官庁の・何という発表文書なのかを確認しましょう。首相官邸(kantei.go.jp)や各省庁の公式サイトで実際に検索できます。 - SNSのアルゴリズムに流されないタイムラインを作る
同じ意見の人ばかりフォローしていると、エコーチェンバー(自分の意見が反響して増幅され、偏った情報しか入ってこなくなる状態)に陥りやすくなります。意見の異なるメディアや専門家も意識的にフォローすることで、バランスのよい情報環境を作りましょう。 - 家族・友人との会話で「確認した?」を口癖にする
高齢の家族は特に偽情報を信じやすく、善意で拡散してしまう傾向があります。「それ、どこの記事?」と穏やかに確認を促す文化を家庭内で広めることが、最も効果的な対策のひとつです。
まとめ
2026年のホルムズ海峡危機に乗じた対日情報工作は、軍事衝突や国際的な混乱期に「人の不安と感情」を利用して偽情報を広める手口の典型例です。技術的なハッキングと違い、ナラティブ攻撃を防ぐ最大の盾は「立ち止まって確認する習慣」という、誰もが今日から実践できるものです。情報をシェアする前の30秒が、あなた自身と周囲の人を守る最初の一歩になります。
📚 参考・引用情報
| 記事 | 情報源 | 日付 |
|---|---|---|
| 【緊急報告】イラン戦争に伴うホルムズ海峡封鎖下で展開された対日デジタル影響工作の分析 | INODS UNVEIL | INODS UNVEIL 著者: 齋藤 孝道 | 2026/04/07 |
| ヘイトスピーチを理解する:よくある質問 | 国連広報センター | 国連広報センター | 2023/06/16 |
| メディアになりすます「オーバーロード作戦」が2024年米国選挙に影響 | www.recordedfuture.com 著者: Insikt Group® | 2024/10/23 |
| 『認知戦─悪意のSNS戦略』イタイ・ヨナト著/奥山真司訳 評者:梶原麻衣子【新刊この一冊】|文化|中央公論.jp | 中央公論.jp | 2025/10/29 |
| https://www.ipa.go.jp/about/ipanews/eid2eo0000002xfg-att/eid2eo0000002xg0.pdf | www.ipa.go.jp IPAニュース No.67 | 2024/07 |
| Narrative Attacks — ThreatNG Security – External Attack Surface Management (EASM) – Digital Risk Protection – Security Ratings | ThreatNG Security Narrative Attacks | 2025/07/22 |
| Should Narrative Attacks Be a Concern for Businesses? | Bitdefender Blog 著者: Marcos Colón | 2024/6/19 |
